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高松高等裁判所 昭和32年(イ)4号 決定

少年 A(昭和一六・一〇・三〇生)

主文

原決定を取消す。

本件を高知家庭裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の趣意は記録中の法定代理人親権者父B、附添人弁護士C名義の各抗告申立書記載のとおりであるから引用する。よつて記録を精査検討すると、本件非行は相当高度であり、悪質なものと認められ、少年の性格自体にも原決定に示すごとき欠陥が認められこれらの事実と、本件非行に至つた経過等を合せ考えると専門的矯正教育を施すのが相当であるとの原決定は一応首肯し得るところである。しかし原決定も指摘するごとく少年にはかつて非行歴なく、本件非行も相当悪質とはいえ極めて最近のしかも短期間のものに属すること少年の智能は正常であつて、小学校から中学校二年二学期頃までは成績も優秀であつたと認められ、家庭の環境もむしろ順調で不健全の状況は認められず、ことに本件非行当時はなお義務教育時の中学三年の年少なることを考慮すれば前段のような事情を勘案しても少年に対しては在宅保護の方法により矯正の目的を達し得ないものとは認められない。原決定のごとく矯正教育によつてももとよりその目的を達し得ないわけではないが他面収容による悪風感染の機会等の弊をも考えればこの点からもむしろ在宅保護が少年の将来に対しさらに合目的であると認められる。当裁判所において取調べた証人B(少年の父)は近隣の保育園長で保護司であるDに少年の指導を托し、ともにその更生に尽す旨述べており、少年の家庭自体も前記のごとく不健全とは認められないのでこれが補導については相当信頼を措き得るものと認められるのでその環境条件も在宅保護に適するものというべく少年自身も悔悟の情が認められ更生の意欲を有しているものと認められる。

以上のように本件は在宅保護が相当であるから初等少年院送致の決定をした原決定は著しく不相当であるというべく取消を免れない。

よつて少年法第三三条第二項少年審判規則第五〇条により原決定を取消し本件を高知家庭裁判所に差戻すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判長判事 谷弓雄 判事 合田得太郎 判事 松永恒雄)

別紙(原審の保護処分決定)

主文及び理由

主文

少年を初等少年院に送致する。

押収に係る匕首一振、飛出ナイフ一挺(昭和三二年押等四六号の三、四)は之を没取する。

理由

(少年の非行)

少年は

第一、昭和三二年三月一〇日午後二時頃高知市丸の内三番地高知県立図書館内で勉強中のE(一六年)を、同所階段の広場に呼出し、同所で同人の顔面を手拳で殴打し、所携のジャックナイフ及び短刀をその腹部に突付け、「時計を貸してみよ、刺すぞ」等申向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上同人所有の腕時計一個を奪つて強取し、

第二、Fと共謀の上、同年三月一二日午後三時三〇分頃前記図書館内で勉強中のG(一四年)を同館階段の広場に呼出し、同所でいきなり同人の顔面を手拳で殴打し、更に所携の飛出ナイフでその腹部に突付けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同人所有の腕時計一個を奪つて強取し、

第三、H、F、K等と共謀の上、同年三月一二日午後八時三〇分頃前記図書館内で勉強中のL(一六年)を同所玄関東側空地に呼出し、同所で同人を取りかこみ、手拳でその顔面を殴打し、更に所携の匕首を突付けて脅迫し、同人よりジャンバー、腕時許等を強取しようとしたが、同人が隙を窺い脱出したため目的を遂げず、

第四、Mと共謀の上

(1) 昭和三二年一月二三日高知市○○○○町○○○番地N子方で同人所有の皮手袋一双を窃取し、

(2) 同年二月二日頃同市××町○○番地O方で同人所有の手袋三双を窃取し、

たものであつて、上記第一、第二は刑法第二三六条(なお第二は同法第六〇条にもあたる)に、第三は同法第二四三条第二三六条第六〇条に、第四は同法第二三五条第六〇条に各該当する。

(上記保護処分に付した理由)

少年は非行前歴なく、小学校時代には成績優秀であり、中学に入つてからも二年二学期頃迄は成績もよく格別問題は起らなかつた。ところが昭和三〇年秋頃少年の父が経済的に蹉跌し、少年の月謝の支払がおくれ勝となり、昭和三一年一〇月頃そのことで少年は教員室に呼ばれたことがあつた。又少年は○○中学で野球部員となり将来は○○高校に進み高校野球の選手として活躍したい希望を持つていたところ、その頃上級生より「中学で野球部員をしていても高校の野球部員になれるとは限らない」との話をきき、甚だしく落胆した。かようなことがあつてから少年は次第に怠学するようになり、加えて性来ヒステリー傾向のあつた少年の母が事々に少年につらく当り、叱言を言うようになつたので少年は家庭内においても安定し得なくなり、急速に不良化し、悪友を誘い集団的に本件を犯すに至つたものである。

上叙のように少年の非行歴がまだ浅いところから考えれば、在宅保護によつても矯正が可能であるとの意見も一応は成りたち得るが、更によく考えてみると、少年が本件以前に非行のなかつたのは、まだ年少でもあり比較的平穏な家庭に保育され、困難な事態に会わなかつたため、かろうじて保たれた状態であつたと思われ、上記のような些細な困難にぶつかつただけでたちまち適応障害を起し、非行へとはしつて行つた点にむしろ問題があるのである。

よつて進んで少年の性格について考えるに、鑑別結果通知書によれば、知能は(IQ108)で正常域にあるが、情意面に著しい欠陥があり、(クレペリンテストの結果はbfp疑問異常型であり、心情質検診の結果は自己不確実、不安定、気分易変、自己顕示性に変調が認められる)この情意面の影響をうけて生産的思考が減退し、健全な方向に働かなくなつており、感情、情緒の自然な表現は常に抑制され、内面には情緒的な不安コンプレックスが強くかくされていることが認められる。本件はかような性格上の負因を持つ少年が、たまたま前記のような問題にぶつかるや、たちまちその弱点を露呈し、怠学、不良交友、本件非行という風に進展していつたものであり、今や反社会的性格ともいうべきものが形成されており、その能動的な非行への構えは指示説得程度では矯正出来ないものであり、心理療法的な取扱によることが必要であると思料される。なお前記鑑別結果通知書によれば少年は周囲に対する不信の念強く警戒的な構えが形成されており、(○○中学校長の回答によるも、少年は偏見が強く、社会の成人に対する反感不信の念が強く大人の説得に耳をかたむける心情を欠いていることが認められる)この閉鎖的な構えを先づ打破してやる必要があるが、かかる少年の取扱が甚だ困難であることは容易に推察できるところであり、在宅保護では矯正の効果が期待できないので少年の更生のためには矢張少年院にこれを収容し、専門的な矯正教育を行う必要があると思料される。

又本件非行自体から考えても、少年は第二第三の非行については主犯たる地位にあり、本件強盗、同未遂の非行については、主として自己の力を他の少年に誇示したいというような単純な動機から、たやすくその非行に及んだものであり、かかる大罪を犯しながらこれが強盗罪になるとは思わなかつたなど供述し、真の反省があるとは認められず、この点からしても少年を少年院に収容し強い反省を求める必要があると思料される。

よつて少年法第二四条第一項第三号、少年院法第二条、少年審判規則第三七条により少年を初等少年院に送致することとする。

なお没取については少年法第二四条の二を適用。

(昭和三二年四月二〇日、高知家庭裁判所 裁判官 宮崎順平)

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